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ひたむきに県政
神奈川県議会議員

大山奈々子

おおやま ななこ

活動日誌

運動会で久々の全力疾走。

2015年10月4日

今日は菊名地区の運動会。子どもたちは受験だからと出場しませんでしたが(運動会くらい塾休んでおいでよぅといったものの却下され…)私は参加させていただきました。(同じ理由からか、わが新横浜地域は小学校高学年の参加もまた少なく、総合得点ではなかなか浮上できませんでした…)               

本当によく晴れた秋空でした。 IMG_2562no2

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菊名小学校と大豆戸小学校で交互に行われますが、今回は菊名小。坂の上で参加者が減りがちですが、今回は町内会でバスを回してくださいました。

議員のみなさんが来賓として来ておられましたが私は選手兼来賓で(いや、去年の名簿にのっとったとかで招待状をいただいていなかったので来賓ではなかったといえましょう( ;∀;)友人が青少年指導員だったのですぐ対応してくれました。)なので無事に前に並んで紹介していただくことができました。

IMG_25679条のTシャツ来ています。それを朝みつけた息子が「他の議員に喧嘩売ってんのか」といいますので、「何いってんの。今は野党そろって9条守るために力合わせようっていってんだからいいのよ。第一このTシャツで気づいたら偉いよ」

 

 

1人ずつ名前も読んでもらえました。

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発熱の翌々日なのでやや心もとない気はしましたが、「人が足りないの」、と言われるままに、100m走、ボールレース、盆踊り、せんべい喰い競走とたくさん出場しました。お菓子や飲み物をゲット。最近エレベーターエスカレーターの類を使わず意識的に鍛えているせいか走った際のダメージもなく、午前中に一度ぐたっと疲れがでたものの、なかなか爽快でした。

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私は陸上部の短距離ランナーだったので、運動会は異常に燃えます。町内の人が私に声をかけてくださるのもこれまで調子にのっていろいろ出てきたからかもしれません。

スプリンターとして自慢があります。数年前、けがをした友人の代役で他の地域の健民祭に出た時、リレーを代わりましたが、40代の部で二人抜き、30代も足りないのでなりすましてと言われ、年齢を偽り30代の部で走ってまた二人抜いたのでした。観客席から声援してくれた幼い娘は、「ママかっこよかった。ママの子でよかったぁ」といってくれて私も嬉しかったものですが最近娘に聞いてもさっぱり記憶にないとのこと。がっかりこの上なし。

という過去の栄光もあり、負けで幕を引きたくないという思いが強く、100mは固辞したものの、人がいない、というかもう名前が印刷されていたのでやむなく。男女混合でほぼフライングだったのにもかかわらず(笑)なんと4位。テントの中の他党派の前を走るからこそいいとこ見せたかったけれど、私の前に男性が二人と女性が一人。こんな日が来るんだなあと感慨にふけりながらゴールしました。フォームはよかったよと慰められつつ…

哀しみよりも、スタート前に「男女別にした方がいいと思います!」と大きな声で主張するお母さんがいらっしゃって、ここにきてもうだめだとなったものの、自分の思いを空気を読まずにまっすぐ訴える、最近、君嶋県議以外にあまり見ないタイプのその彼女が痛快だったなあと思ったものでした。

チーム得点に貢献できなかったことは残念。しかし静かに来年への闘志が湧いたものです。

おもしろかったのがボールをドリブルする競走。10人のチームで速さを競うゲーム。私はアンカーをおおせつかり、アンカータスキをして待ちました。元フットサルプレーヤーとして「インサイドキックでこうやって優しく大きく押しだしてあまりボールにタッチせずに追うといいよ」と何年もこの競技をやってきた経験から周りの初めてらしい人たちにアドバイスしたのが災いしたか、新横浜チームは実にいろいろな方向にボールを大きくそらし、他チームがすべてゴールしているのに二人分も遅れました。

「これ、どうする?」と困惑していたら友人たちが「大山さん目立っていいじゃん、一人だけ走るんだよ!」「最高の舞台を私たちが用意しました」

というわけで最高の舞台で走り、行きは予定通りボールをまっすぐ蹴れたものの、帰りは早くゴールに蹴ろうと焦って足の甲で蹴ってしまい、インサイドステップが曲がり、大きく左にそれました。

テントに戻りながら「せっかくだからタスキ変えたらよかったね、アレに。(笑)」とか、町内会の男性に「大山さん、あそこで右に蹴らなきゃあ、あなたはどうしても左によりがちだからね(笑)」とか言われたり、私の立場が楽しいギャグとして生かされてありがたい思いがしました。

帰りのバスの会話で思わず感動したのが、「大山さん、前に並んでるの見て、感無量だったわ」といってくれた友人。そんなふうに応援していてくれたなんてありがたくて涙が出そうでした。

父が生きていたころ孫に会いに来て出場した「実りの秋」という野菜や果物の入った袋を紐で引くゆっくりシニア競技があります。これも欠員が出て参加。リンゴと柿の袋を引き当てました。準備担当をしたことがあるという男性は、140人分段ボールで何箱も用意したんだ。雨で一週間延期になった時は景品のブドウはもうだめになりかかっていたねえ。と。ご苦労が偲ばれるお話でした。関係者のみなさん、お疲れさまでした。

子どものころ地域の運動会でいつも父が疾走する姿を自慢に思っていたこと、父にひきずられるように一緒に二人三脚した会社の運動会も思い出されます。脳出血で倒れる前の夏に娘が秋の運動会の練習をするからと実家のそばの小学校の校庭を走った時、父はもう娘に勝てなくなっていたなあ。父の疾走はあれが最後だったかなぁなどと、お彼岸にまったくお墓参りしなかった不義理な娘は秋空の向こうの父にわびたのでした。

 

 

コメント

  1. みわ智恵美より2015年10月05日 02時02分

    涙と笑いで楽しく運動会の活躍ぶりを午前2時に読んでしまった私です。それくらい、楽しんでしまえる報告でした。短距離の覇者だったんですね。私、全くご縁がありません。得意は障害物競争とダンス。脚が速いのは遺伝だからゴメンねと娘たちに謝っておりました。熱を乗りこえたって感じですが、休養も。市会は11月まで走りっぱなしです。

  2. 菅原正男より2015年10月05日 17時44分

    早稲田大学の陸上部のOBですから、スパイクを履いて走る姿、目に浮かびます。私も、体育指導員を12年程やりましたが、今わ自治会のテント張りや選手を集合させたり。選手としては一つだけ、グランドボールとゆう名の競技、ゲートボール用の木製の球を打って距離によって点数を競う、脳も体力も使わない、簡単な競技です。一緒に如何ですか・・・

  3. 吉崎英雄より2015年10月06日 00時11分

    大山さん、運動会お疲れ様でした。
    人の記憶というものは忘れてしまうのですが、しかし何かのきっかけで記憶がよみがえります。それが「思い出」です。
    娘さんが幼い時の運動会の事
    お亡くなりになったお父様と運動会で二人三脚した事
    どれも何よりも代えがたい美しい思いでをお持ちですね。
    不義理な娘?いいえ、娘である奈々子さんの心の中に「思い出」として残っているではありませんか。
    県議となり、人にやさしい政治をめざす娘を、お父様は天国できっと満足されて、いらっしゃるでしょう。

    どこまでも透き通るような青い秋空、この季節の運動会はいいですね。
    時の流れは早いもの 木々の葉も色づいてもう晩秋ですね。
    これからは、また厳しい季節になります。「思い出」を自身の心の中にしまって、冬を迎えましょう。

  4. 大山奈々子より2015年10月06日 18時24分

    みわさん

    覇者というほどのものではありませんが、短距離走の水準が低かった高校の記録は10年ほど破られませんでした。記録は秘密だけれど(笑)

    おかげさまで熱は一晩、筋肉痛も軽くてすみました。みわさんも体に気をつけてがんばってください。県議会は12月まで点々とという感じですね。

  5. 大山奈々子より2015年10月06日 18時31分

    菅原さん

    残念ながら早稲田の競走部は、日本1.2クラスでないと入れなかったので、陸上競技同好会です。一番頑張ったのは北嵯峨高校時代ですね。長い距離はとっても嫌いだったんです…。

    菅原さん、体躯指導員されていたんですね。すごく大変ですが楽しそうですよね。あのお仕事は…。グランドゴルフですか?頭は使うでしょうあれも。機会があればおしえてください。

  6. 大山奈々子より2015年10月06日 18時39分

    吉崎さん

    ありがとうございます。
    確かにやさしい気持ちになれる一日でした。
    吉崎さんもほっとできる日をもてていますか。

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