戦争する国づくりストップを!
ひたむきに県政
神奈川県議会議員

大山奈々子

おおやま ななこ

活動日誌

福島、ボランティアが減っています。今からこそ支援が必要!

2016年4月9日
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港北区と神奈川区の有志で2年ぶり7回目となる被災地支援に行きました。被災支援バザーにご協力いただいたみなさん、支援カンパをくださったみなさん、ありがとうございます。南相馬の日本共産党ボランティアセンターで一泊です。

これまではおもに二泊で、被災直後は青空市で物品をお配りしたり、時間が経ってからは炊き出しや民謡の会を行ったり、イベントを伴う支援でしたが、今回は準備期間も足りず、まずは足を運んで!というセンター長の宮前さんの声に励まされ、身一つで有志7人で参加しました。IMG_4669

南相馬へは4回目です。地震と津波の被害に加えて原発事故の被害もある地域です。

昨年、常磐道が通りましたが、写真のような不思議なまやかしの線量表示がありました。IMG_4656

一つのICから次のICまでの被ばくが日常生活で受ける被ばくの160分の1などとかいてありますが、それは胸部X線集団検診の被ばく線量を基準にするのだそうです。びっくりぽんです。この道のおかげで一時間は早く南相馬につきましたが。安全演出でいいのかなと。

新しく鹿島ICもできて、復興が少しは進んできた感じもあります。写真は相馬の野馬追の像です。IMG_4660.jpgno1

初日、視察した浪江町はずっと警戒区域でした。被災地支援当初、2012年には県会候補同行ということで立ち入れたのに、その期間に立ち入って批判的な落書きをする人たちがいたりして翌年には、議員の同行がないと立ち入れないと厳格化されましたので、私はそのためにも議員になって視察できるようにしなければという思いで選挙戦がんばりました。今度こそ浪江に入るぞと意気込んでいくと、4月からは立ち入りができるようになったということでした。

そのように警戒区域だったところ、避難指示解除帰還準備区域だったところが、除染が進み、徐々に水道や電気などインフラが整備され、立ち入りが昼間だけから、夜間も、という風に解除されてきています。2年ぶりに訪れた浪江は確かに線量も0.0Xmsv/hと下がってきて、流されていた車や船が撤去されてきれいにはなっていましたが、茫漠とした景色は相変わらずで、一階部分が流された家、土台だけになった家などが点在し、被災の生々しさが残り、初めてボランティアに参加した方々は言葉を失っていました。IMG_4664

 私たちがこれまで3回訪ねて来て同じ仮設住宅を訪問したところは小高(おだか)地区からの避難者が集まっていらっしゃるところ。

小高は13,000人もの方が避難生活を続けています。直近の住民アンケートでは小高に戻るという人は一割ほどだったといいます。仮設住宅によっては出身の地区がばらばらで、フクイチからの距離によって東電から10万円の慰謝料が出る出ないの分かれ目になるので、居住者同士でうらやんだり、負い目を感じたりという分断が起こっているいいます。

小高町は慰謝料の対象となる20キロ圏内です。が2016年4月から全町的に帰還がすすめられ、一年後には慰謝料が打ち切られることになっています。帰れといわれても帰れる条件が整わない人もいます。放射能を恐れて帰らない人もいます。帰っても町が復活するかどうかわからないから様子を見ているという人もいます。

小高に戻らないまでも、復興住宅に当たって移住する人や県外に行く人などで仮設住宅は半分が空き家になっていました。が、次のものを持って実態を聞かせてもらいに回りました。

①センターに届いた支援のお米

②港北区に住む人から預かったよつばのクローバーをパウチしてしおりにしたもの。

③横浜から来ました。応援しています。のメッセージと、仮設のみなさんから聞き取って地元市議や国会で取り上げて改善した具体例が載っているチラシ。(室外に物置小屋設置、流し台を使いやすいサイズに変更、二部屋目にも畳を敷いたなどなど。)

聞き取りの結果、お会いできた中でも4月以降小高への移住を検討している人やめどが無い人双方いらっしゃいました。

①安定剤や睡眠導入剤を飲み続けている

②パニック障害になっている

③戻る家の準備はあるけれど、学校が再開されない限り孫を連れて戻れない。

④母親と避難したが、元気だった母親が体調崩して亡くなり、自分も病院通い。小高へ帰るめどが立たない。

⑤災害復興住宅が当たったから仮設は出ていく。

⑥毎日福祉の人(社会福祉協議会の人)がきてくれるので心強い。

この話を聞いているときにちょうど福祉の人たちがきて、そのお立場からの問題意識をうかがうと、

⑦災害復興住宅への入居要件が複雑すぎて、もっとシンプルに、入れる枠を増やしてほしい

ということでした。

⑧小高に戻っても近所の人が戻って来ない。スーパーや医者もないところで暮らせるか不安。終の棲家はやはり小高でと思うけれど。

⑨堤防を作ったりする人の宿舎がある。原発作業の人も来る、知らない人が行き来する。防犯の問題が心配。子どもが臨時に通っている小学校は近いけれど、車で送迎する。防犯が一番心配。街灯も少ない。

⑩自分の家は高台で、水の被害はないけれど、放射能が高くてとても戻れない。

これらの声を聞かせてくださったみなさんは、被災後5年間で6回から7回も引っ越しされています。親戚の家、娘の家、アパート…引っ越し3回の人は周りに申し訳なくて3回なんて言えないと。人生のストレスで一番が配偶者の死、二番が引越しだと聞きます。この仮設の方たちがどれほど苦しんでいらっしゃるかと思うと、そして、それは天災のみならず原発由来の苦しみであることを思うと、本当に政治の責任が問われると思います。

これらの声をしっかり行政に届けて引き続き改善を求めて行きます。安倍政権を打倒し、原発推進政策をストップさせます。また来ますねといって帰ってきました。

宮前さんは、ボランティアが減っている今、帰還が進んで住民がまたばらばらになる今からこそが支援が必要だとおっしゃっています。港北でも引き続き、支援バザーを開いてお金をためて支援を続けたいと思います。

コメント

  1. 佐藤早苗より2016年04月10日 19時25分

    こんばんは。生レポート有難うございます。新婦人緑支部では、例年行っている「健康まつり」でのフリーマーケットマーケットの利益を、被災地へ送ることを決めました。離れていても応援しているよとの、メッセージが届けばと思います。

  2. 大山奈々子より2016年04月12日 19時10分

    佐藤さま

    すごい!
    喜ばれると思います~。ありがとうございます~。
    港北でももう少し頻度をふやさなきゃ。
    ともに応援しましょう!

  3. はなこより2016年04月17日 19時41分

    大山様
    共産党は熊本のための募金活動をされているようですか、
    そのお金を政治資金にあてるとの表記を見ました。
    http://marticleimage.nicoblomaga.jp/image/279/2016/1/a/1a44b02baf16ed5824f5d68c1a026b4f47f55dd01460884840.jpg
    ですか、上の表記ですと、募金した方はその一部が
    政治資金にあてられているとは気づきにくいです。
    また募金する人は、食費や土地の再建を願っていると思います。
    全額を、政治資金ではなく熊本の人々のために使ってはいただけませんか?

  4. 大山奈々子より2016年04月19日 15時21分

    はなこさんはたろうさんのおともだちでしょうか。

    誤解を招くツイートがあったようです。産経新聞に書いてありましたね。党への募金は党への募金だと明言して集めています。被災地への募金として集めたものは全額被災地に送っています。

    東日本大震災の時は、地元の農協や漁協、商工会など津々浦々に届けることができて非常に感謝していただけました。お礼状がたくさんこの南相馬のセンターにも貼ってありました。

  5. はなこより2016年04月19日 19時34分

    熊本地震救援活動支援募金と大きな文字で書いてあるので、被災地への募金と誤解を与える恐れがあると私は思いますがいかがですか?

  6. はなこより2016年04月19日 19時38分

    救援物質の調達…中略…政治活動の経費…
    とあります。ですので、

    被災地への募金として集めたものは全額被災地に送っています。
    というのは間違いではないでしょうか。

  7. 大山奈々子より2016年04月20日 23時40分

    はなこさん

    おっしゃる通り。
    この募金を行った地域の共産党は、こういう集め方は問題があったということで反省し、全額を被災地に送ったということです。

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