戦争する国づくりストップを!
ひたむきに県政
神奈川県議会議員

大山奈々子

おおやま ななこ

活動日誌

祝 憲法!地方自治法!5・3県民のつどい 共謀のススメ?

2017年5月5日

Happy Birthday!! 憲法。70歳。

5月3日神奈川公会堂での憲法集会に先駆けて東神奈川駅で道行く人に、集会参加のみなさんに訴えました。この時の畑野君枝さんのよびかけが印象的でした。

「今日は憲法施行70年です。おめでとうございます」

ああ、よく団体の総会などに呼んでいただいた時の挨拶と同じ!「おめでとうございます」そうだ、道行くみなさんも私たちにとっても当事者なんだ。憲法はとりもなおさず私たち自身に深くかかわる宝物なのだと実感させられる一言でした。

今の情勢では、え?なんでおめでとうって言われるの?という受けとめが多いかもしれません。しかし。です。私はかつて、「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動に、今一つ納得できない思いがありました。受賞者が日本国民。憲法9条を骨抜きにしてきている安倍首相を戴く日本国民が受賞か?と思うと憲法の価値とは別にすっきりしないものがありました。しかし先輩が「それを守ってきた我々国民の闘いを称える意味があるんじゃないかな」と。物わかりの悪い私も納得したわけです。

ましてや思想信条表現結社の自由を侵害する共謀罪法案が議論されており、過去に何度も廃案に追い込んできた歴史に触れ、死にもの狂いの不断の闘いで今の憲法によって守られる国を築いてきたんだとわかるようになってきました。

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このあとは神奈川公会堂で憲法集会。ホールに入りきれずに第二第三会場、それも入りきれずにお帰りになった人々もでるくらい、500人のホールに750人もの方々が詰めかけました。国民主権を知らない安倍政権の下で憲法破壊の危機感を持った方々がたくさんいらっしゃるということです。運営にご尽力くださっている神奈川憲法会議のみなさん、お疲れさまでした。

会場で聞いた話ではメインの沖縄弁護士会の加藤先生による沖縄の闘いは残念ながら外にいて音声が聞こえず。

海渡弁護士の共謀罪の話で印象に残ったのは

アメリカの反戦運動家弾圧に用いられた共謀罪との闘いの標語。

「If there is a conspiracy to end the war,

 If there is a conspiracy to end racism,

 If  there is a conspiracy to end the harassment of the cultural revolution,

 then,we, too, must, join the conspiracy.」

もしも、戦争を終わらせる共謀があるのなら、

もしもレイシズムを終わらせる共謀があるのなら、

もしも文化的な革命への抑圧を終わらせる共謀があるのなら、

私たちもその共謀に加わらなければならない。

いいですねえ、委縮しないで共謀してがんばりましょう!

 

最後に戦争体験者ということで話された芝崎先生は国民学校の時、整列させられて「天皇の名によって」全員がビンタをくらった経験を語り、天皇の名でビンタを喰らうことが二度とないように、という話をされました。軍国少年として洗脳された諸先輩が今、歴史修正教科書はじめ政治の教育への介入問題に先頭に立って取り組んでおられることの意味を思います。

さて、憲法も施行70年ですが、地方自治法も同じ年に施行されています。明治憲法になかった新しい概念で地方の力が発揮できるようになったのが戦後の日本なのです。弁護士さんたちが編集したマンガでわかる憲法のなかでも私は地方議員なので憲法と地方自治について述べたところをご紹介します。こちらです。

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また、この憲法記念日に向けて、地元では一日前に日吉駅で超党派のスタンディングが行われ、外国の方々が強く関心をしめしてくれました。この時共謀罪のチラシをみて「ナニ?」と聞かれ、必死で単語つなげて英語で説明したけれど、このconspiracy,わかってたらなあ。いや、そもそも慶応大学の留学生みたいだったから、共謀罪という漢字がわからなかっただけで、日本語でわかりやすく言えばよかった。失敗。外国人と見たら日本語わからないと思い込む島国根性が出てしまいました。これでも日本語教師だったのですが。

 

コメント

  1. 石井洋二より2017年05月05日 16時48分

    連日、お疲れ様です。
    共謀罪の問題が広く論議される中で、近代刑法の原則としての犯罪行為があって初めて処罰するー国家の刑罰権が発動される、というのが原則であることに光が当てられています、立憲主義という言葉が2~3年前に脚光を浴びた時のように。しかし、近代刑法の系譜の中で別の立場からの主張もありました。罰すべきは行為なのか、それとも行為者なのか、という問題について正反対の考え方がありました。犯罪行為というのは犯罪者の悪しき意思の表れであり、それが社会にとって脅威を与えるものだから、社会を防衛するために行為者を処罰するのだ、犯罪行為はその悪しき意思の徴表にすぎないのだ。という主観主義的な刑法理論です。それに対して、刑法というのは人々の有する生命や財産、表現などの自由、人権という法益を保護するためのものであり、刑罰という苦痛を犯罪者に与えるものであるから、刑罰権の発動は抑制的でなければならず、したがって、具体的な法益の侵害すなわち犯罪行為があって初めて発動されるべきである、と考えるのが客観主義的な刑法理論です。ですから、罰すべきは行為者ではなく、行為なのだということになります。今回の共謀罪法案の背後には、きわめて主観主義的な刑法理論が透けてみえます。既遂処罰が刑法の原則といってもそう単純なものではないのです。また、現行刑法の60条に共同正犯の規定があります。「二人以上共同して犯罪を実行したときは、みな正犯とする」、という規定が犯罪の実行から共謀にすぎない場合でも犯罪とされてしまうわけですから、現行刑法の基本原則が根底から破壊されてしまうことになるのではないでしょうか。是非とも小集会などでこの危険性を広く知ってもらう必要があります。

  2. 大山奈々子より2017年05月07日 06時58分

    石井さん

    なるほど。そういう経緯があって確立されたわけですね。罪を憎んで人を憎まずという到達が覆されるという理解でよろしいでしょうか。
    憎しみに立脚して国防を語る現政権ならではの法案ですね。

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