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ひたむきに県政
神奈川県議会議員

大山奈々子

おおやま ななこ

活動日誌

関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典、盛大に行われる 

2017年9月1日

昨日8月31日は県議団控室に、各会派要請をされている川崎区のコリアンタウン、桜本に暮らし、ヘイトスピーチと闘い、共生社会の実現に取り組む崔江以子(ちぇ・かんいぢゃ)さんはじめ、かわさき市民ネットワークのみなさんが来られました。

私のよき理解者である友人は在日三世です。桜本の出身です。崔さんたちへの攻撃は私自身への攻撃です。多文化共生を願う当たり前の人々への攻撃です。

私も君嶋県議とともに1月に行われたデモに駆けつけました。差別を許さず共に生きようとよびかける当然の願いに反して、公然と排除を叫ぶ彼らと対峙し、行政にも緊急に取り組むべき課題が突き付けられた思いでした。さらに君嶋県議は7月のデモにも駆け付け、ヘイトスピーチ解消法ができたもとで、差別主義者にデモの申請を許可した県警の判断や、過剰警備の問題、今後の県としてしての課題など議会で取り上げるべきだと考えています。

また、政府が朝鮮学校の補助金を見直す通達をだしたことに呼応するかのように補助金を凍結している神奈川県の姿勢に大いに問題を感じて指摘してきたところです。

日本語教師時代、災害の話から関東大震災を取り上げたとき、韓国の学生たちが、震災の起こった1923年9月1日をしっかり知っていて驚きましたが、彼らにとってつらく忘れ難い歴史が、日本人である私の受け止めの弱さと対照をなし、恥じたことがあります。たとえば韓国併合は私の教科書は半ページ分くらいでしたが、韓国では14ページにわたって学ぶのだそうです。

私が韓国語を学んだのも贖罪の意識も手伝っています。

教科書問題に集中して取り組んでいた時は、韓国でアジアの歴史教科書問題などにかかわる団体と交流するため韓国に派遣されたこともありました。

昔のことをいえば、小学生のころクラスに1人は在日の子がいて、「あの人、チョーセンなんやって」とひそひそ話し合うクラスメートに「それがどうしたん?」と切り返していたこと。そういう、意味なくさげすむような空気があったことを覚えています。関西地方はそういう経験を持つ人が多いと思います。

私の住んでいた町内のお隣は朝鮮部落と呼ばれて、在日の人がたくさん暮らしていたこと。母はその方たちからビビンパの作り方を習っていて、おいしいビビンパが食べられてうれしかったし、そんな偏見のない母がちょっと誇らしかったものです。

さて、今、韓流歌手にあこがれる娘は韓国人に生まれたかったそうです。40年前の京都の空気を思えば、娘がそういってくれることもうれしいものです。

さて、日朝協会のニュース読者として9月1日の慰霊の日のご案内をいただいてはこの行事に参加したいと思ってきましたが、今年はその時が来ました。小池百合子都知事がこの式典へのメッセージを送らないことを決めました。それならばせめてもの頭数にするために、参加せねばと思い立って墨田区の横網公園に向かいました。

日本語学校の教室で韓国の学生さんたちにごめんなさいと謝った私のたよりない謝罪を少しでも厚くするため…

この舞踊家、金順子(キムスンジャ)さんの鎮魂の舞の実際は下の写真です。地の底から聞こえるような唸り声のような、音楽に乗って舞う彼女の姿に、証言を集めている方から聞いた話を思い出しました。「ちょうせんじんが、でんちゅうに針金でくくりつけられて、たくさんの人に切りつけられていました」という当時の小学生の作文を。

そしていま神奈川県内でも仮想敵国づくりに加担する勢力によって人権を蹂躙されている人々の姿が重なりました。

また、ごめんなさいだけれども。

ごめんなさいをつぶやくしかなかったかつての私は、今では現実的に友好関係を築く国に、自治体にしようと微力をつくしているという自負はあります。もっと胸を張ってお互いの国民を尊重できるよう私たち一人一人が努力しなければと思いを新たにしました。

各界追悼の辞は、関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会、亀戸事件追悼会実行委員会、朝鮮総聯東京都本部、日本共産党東京都議団(!)日本平和委員会などからささげられました。

印象的だった言葉をご紹介します。

「いまだに犠牲者の名前も明らかにされていないことを恥じる」

「いまだに排外主義から脱却できていない。だれもが加害者にも被害者にもなりうる。一人一人が(歴史に)真摯に向き合うことが必要」

「遺骨の収集も被害の実態調査も行っていない」

「植民地支配で済む土地も生きるすべも奪われて遠い異国の地で亡くなった」

「想像を絶する恐怖と絶望の中で亡くなった人を思う」

「小池都知事は1973年以来歴代知事が続けてきた追悼の辞の送付をやめている。追悼のメッセージを寄せない。震災で亡くなった人を追悼するから震災で亡くなった人と虐殺で亡くなった人は全然違う」

「朝日平壌宣言にのっとって…負の感情ではなくありのままの事実を」

「朝鮮半島の分断を平和的に統一する日を」

この行事を続けてこられた日朝協会などにむけて「在日朝鮮人の名において心から感謝を」

また、都議の河野ゆりえさんは、混乱に乗じて同じく虐殺された社会主義者のことを語り、過酷な弾圧を受けながら命がけで反戦を貫いたわが党の歴史と重ねてスピーチされました。

小池知事の判断の背景には、追悼の辞をやめよ、鎮魂の碑を撤去せよという議会での追及があったと聞いて河野都議に少しお話をうかがいました。

そのような考え方のみなさんがいくらもはなれていないところで、六千人虐殺は本当かなどと書かれた慰霊祭をおこなっていました。「そよ風」という方たちなのだと教えてくださいました。今HPをみたら、彼らの慰霊祭を見ているこちらの追悼式の参加者の顔を一人ひとり映して流しています。この時点で人権感覚がないことがわかります。六千人が仮に嘘で例えば一人なら許されるのでしょうか…哀しいことです。

そして今回の参加者はいつもより多いですかと聞くと、多いどころか、いつもはテントの周り少しだけですから…と。報道陣を含め何倍もの人たちが詰めかけたようです。

涼しかったことも影響したでしょうが、私のように小池都知事の一件でそれならばと思った方々も多かったと見えます。都合の悪い歴史を忘れようとしても人々の良心がそれを許しません。

 

 

 

 

コメント

  1. なめねこより2017年09月19日 22時13分

    小池都知事、鍍金が剥がれるのが意外に早かったですね。

  2. 大山奈々子より2017年09月19日 22時43分

    国際的に恥ずかしい形ではがれました…

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